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2022/11/12

数学の答えが1つであるのと同様に、国語の答えも1つだと考えている。
なぜなら、両方ともロジックと言葉の学問なのだから。


「心に良き教師を持つこと」が学びを深める早速の方法
①皆さんはこんな風に考えてはいないでしょうか?自習は勉強のできる子がやるもので、勉強が苦手な子は自習なんてできない・自習しなくても、授業だけちゃんと聞いていれば勉強が分からなくなることはない。問い合わせなどで受ける質問の中に、「自習の形がメインなんですか?」「授業はしないんですか?」というものは数多くあります。裏を返せば、これは「自習で本当に学力がつくの?」という疑問あってのことだと思います。
②それに対しては、「自学自習は、勉強を自分のものとするために必須の行動である。「自習ができない子は、やり方を知らないだけかもしれない」と言えます。理由は単純で、授業と復習だけではせいぜい「授業で教わっただけのこと」しか身に着かないからです。授業で教わった以上を身に着けようと思ったときには、授業以外で自ら学ぶこと、即ち自習が必須だと言えるのです。効果的な自習のやり方とは何でしょうか?「授業でやったところのなぞり直し」「とりあえず問題を解いて丸付けて、分からないところは飛ばす」という方法では、授業と変わらない、もしくはそれ以下の効果しかもたらさないでしょう。
③効果を上げるためには、まず「自分はどこまでを理解していて、どこからが分からないのかを知る」ことが必要です。『数学ガール(著者: 結城浩)』《秀逸・数学マンガ》においては「理解の最前線」という言葉で表現されていますが、自習は「理解の最前線」がどこかを確かめながら進めるチャンスなのです。例えば、二次方程式の問題を解いていて、何か今一つ解けない問題があるなあ、と思ったとします。この時、「二次方程式の解き方が分からん!」ではまだ足りていない状態です。一歩進んで「ここまでの問題は因数分解を使って解くやつで、これは解けている。でも、解の公式を使って解くやつになると全滅している。ということは、自分に足りないのは解の公式を使う問題のやり方か!」となれば、自分の理解の最前線を知った、ということになるでしょう。
④「漠然とした分からない」が、「絞り込まれた分からない」になれば、手がつけやすそうに思えませんか?理解の最前線を知るためにはどのように手を打てばよいのでしょう?ポイントは「問いかけ」です。自習での問いかけですから、主には自問自答ということになります。「この問題で求めたいものは何?」「分かっているものは何?」と、ゴールやスタートを確認する問い。「問題文で与えられている条件を言い換えると何?」と、条件を整理する問い。「似たような問題を見たことはない?」「その問題の解き方はどうだった?」と、類題を確認する問いかけをしてみたらどうでしょうか。

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