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2020/05/18

夢を追う人、夢を諦める人、夢なき人、夢見る人
世の中、夢を追いかけて一途にそれを続けているというのはけっこうもてはやされますよね。仕事だったりスポーツだったり音楽だったり、今はその分野でトップランナーとなっている人の生涯を取り上げて、芽が出なかった時期があったけれど、ずっと黙々と諦めずに頑張ってきたから、今の成功がある――素晴らしい――そんな感じの流れの特集番組とか多いじゃないですか。
あるいは小学校でも中学校でもでも、物心付いた頃には将来の夢を書くイベントがしばしば起こります。これも暗に、この夢に向かって頑張ることを推奨しているきらいがあります。
いえ、夢を追うことは確かに素晴らしいことだと思います。それはそうだと思うんです。ただ、私が問題に思うのは、夢を追うことが過剰に美化されると、夢を諦めることが「敗北」として認知されてしまいかねないことなんです。夢を諦めることは敗北か?

ある本の中でIさんが、たびたび自分の夢だったり信念だったりをなかなか捨てきれずに会社の組織人として徹しきれなかったことを悔やんでたのが印象に残っています。夢を持っている人にとって、夢を諦めるのは意識しないととても難しいことなのだと感じさせられました。
また、友人のKくんは国立大学・医学部に行くんだと決めて、8年浪人を続けた後畑仕事につきました。その間、そこそこ名前の通った私立・理工学部には合格していましたのに。
夢を諦めるのが難しい原因の一つが、先ほど言ったように、夢を追うことが過剰に美化されることで、夢を諦めることが敗北扱いになってしまうことにあると私は考えます。上手くいかないからと投げ出したり、他にやりたいことができたからと自分の力の注ぐことを途中で変更すると、「忍耐の無い奴」「信念の弱い奴」「負け犬」という烙印を他人に押されるか、他人に押されなくても勝手に自分で自分に押してしまったりします。そんな「敗北」はやっぱりみんな嫌なので、だから夢を諦めることは難しいのです。

あまり、「夢」「夢」…としつこく夢見ることを強いるのも困ったものだと思います。『百芸は一芸の精しきに如かず』『多芸は無芸』一つの道に精通することが価値がある。だって、人間なれるものになって一生幸せに過ごしたらいいじゃないですか~てなことを思っている今日この頃です。
と共に、少しでも夢に近い現実を作り上げるために個人塾・個別指導塾サクシードで努力していきましょう♪

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